ソロ作品としては1年ぶりとなる中川敬の新曲、<世界はお前を待っている>が届けられた。この秋リリースが予定されているセカンド・ソロ・アルバムからの、ネット配信限定の先行シングルだ。
昨年6月に発表された、中川初のアコースティック・ソロ・アルバム『街道筋の着地しないブルース』は、2011年3月、東日本大震災とそれに伴う福島第一原発事故で、日本中の人々が動揺し、混乱しているさなかに、紡ぎ上げられた作品だった。穏やかで思慮深い歌声と、心のひだにさざ波のように届くアコースティック・ギターの音色は、誰もが胸に抱えた、どこにも着地しない、着地できない思いに、そっと寄り添う優しさに満ちていた。あの声に、かたくなに張り詰めた心をふっと緩ませることができた人も多かったのではないだろうか。
<世界はお前を待っている>は、2012年3月11日に書き下ろされたという。あの日、一瞬にして奪われた多くの人の命と、幸せな日々。1年がたち、街が日常を取り戻したようにみえても、今も多くの人が、言葉に言い尽くせない思いを胸の奥に抱いているはずだ。……街頭から聞こえる声。人垣の波。止まらない胸の痛み。怒りの声が大きな壁を崩す……。歌われるイメージに、昨年以来、毎週のように必ずどこかで行われている脱原発デモの風景を思い浮かべる人も多いだろう。 カーティス・メイフィールドの名曲<ピープル・ゲット・レディ>を彷彿させるメロディーも、決して偶然ではないはずだ。〜みんな準備はいいか。汽車がくるよ。乗車券はいらない。信念(FAITH)さえあれば、きっと希望は訪れる! 1960年代の黒人公民権運動の中で多くの人に歌われたこの曲のメッセージは、時代を超えて私たちにまっすぐ届く。本作のカップリングとしてリリースされた<そら>のセルフ・カヴァーもとても良い。ゆるやかに始まったバラードが、心の波を少しずつかきたてるようなギターと歌声に育てられ、やがて大きなうねりに育っていく様は、心に点った小さな火が必ず希望へと繋がることを信じさせてくれる。
この1年、中川自身も、ソウル・フラワー・ユニオンとしての活動や、ソウル・フラワーみちのく旅団としての被災地への演奏活動の合間を縫って、全国各地の反原発デモ、関電本店前や首相官邸前抗議行動に、積極的に参加していた。特に本作を含むソロ・アルバムのレコーディング期間だったこの5月、6月には、20本を超えるデモに参加したというから驚きだ。
ツイッターのつぶやきから始まった小さなデモが、回数を重ねて数千人の人を集めるようになったように、一人一人の小さな一歩が、世界を動かす大きな流れを作る。最初に声をあげた人が、疲れて休んだら、また別の人が声をあげればいい。今すぐに何もできなくても、ゆっくり順番を待てばいい。何度も間違えても、軌道修正してきっと汽車は未来へ進むはずだから。誰もが迷い、悩み、時に無力感にさいなまれながらも、前に進もうとしている。<世界はお前を待っている>は、そんな個々の「着地しない思い」に対して示された、ひとつの明確な答でもあるのだ。
(文:岩崎眞美子)