『豊穣なる闇のバラッド』以来6年ぶりの5thソロ・アルバム。
中川敬が精魂を注いで新たに書き下ろした、戦火の少年兵/難民/路上生活者/震災被災者の物語、星になった者たちへの挽歌、自分史を織り込んだティーン讃歌、等々、全曲新曲のみで構成した11曲の解放歌集。
奥野真哉、金子鉄心
紙ジャケット仕様 / English Translation Included / ¥2,800 + 税
BMtunes XBCD-6008 / SOUL FLOWER RECORD SF-140
いのちの落書きで壁を包囲しよう LET’S ENCIRCLE THE WALL WITH GRAFFITI OF LIFE |
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イチヌケタの声が聞こえる QUITTED NOW, SOMEONE CRIED |
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石畳の下には砂浜がある THE SANDS BENEATH STONE PAVEMENT |
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栄光は少年を知らない THE GLORY KNOWS NOT THE BOY |
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荒れ狂う波ごしの唄 A SONG OVER RAGING WAVES |
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夜汽車(インストゥルメンタル) A NIGHT TRAIN |
不屈のワイルド・チャイルド A DAUNTLESS WILD CHILD |
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半世紀の地図 A MAP OF HALF A CENTURY |
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半端な月のブルース AN INCOMPLETE MOON BLUES |
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風待ちの港 A PORT OF WAITING FOR A FAVORABLE WIND |
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生きる TO LIVE |
その昔、中川さんの唄を初めて聞いた時、悪魔のようだと思った。 その悪魔はあくまでやさしく、灰汁まで巻き込んで、爆風の中、白線を超え、感じたことのない、深い、深い郷愁に着地した。 ふりかえると、「あと勝手にしいや」と言って私を置いて行った。 だから私は勝手にした。歌なんか沢山あるのに、なぜこの唄じゃないとだめなのか。 その答えを通り過ぎるために。また唄に、身をゆだぬ。 折坂悠太 |
ヘイトスピーチが吹き荒れた2013年、路上で知り合った友人がいる。このアルバムに収められた曲の中に、2年前の春に亡くなった智帆ちゃんに捧げる曲があるという。カウンターを始め反差別の路上に中川さんは何度も立った。彼女は「中川が今日も来てる、嬉しい」ってよく云っていた。 「最近どう?そう云えば中川、あたしに曲作ってくれたって。最高やんな」 智帆ちゃんに会いたくなったら、この曲を聞けば。そして夜空を見上げればいいんや。 入管法は改悪され、LGBTQに関してもひどい法案が通った。差別はなかなか無くならないし、しんどいことは多い。でも、生きている人のやれること、やらなきゃいけないことはある。智帆ちゃんにお尻を叩かれたような気分になった。命ある限り抵抗、まだまだ包囲できる。星の光のように降り注ぐ歌が、彼女が。私たちの生きる道を照らしているんだから。 李信恵(フリーライター) |
情熱の物語 いろんな街で いろんな国で 空の下 マグマの地球で そんな感じかな 歌え 踊れ 飲んで 食べて 今日一日 おまえもな オレもな 木村充揮(憂歌団) |
気持ちいい軽やかさ! でも、薄くはない 濃すぎない 次から次へとNICEなメロディー 懐かしいような、新しいような 風通しのいい音楽体験! YO-KING(真心ブラザーズ) |
中川さんとは30年以上前にフリッパーズギターの頃、newest modelと共演した事があります。その時も感じたのですが、一見豪快で怖そうだけど、本質は実直であたたかい人なのが音楽を通して伝わって来ます。 あと、ほんの少し漂う、ポールウェラーの風味が嬉しかったです! 小山田圭吾 |
この世は全くやりきれない。理不尽なことが多すぎる。 でもわたしたちには中川敬がいる。 中川敬の歌が孤独な夜や絶望の朝を乗り越える勇気をくれる。 浜田真理子(音楽家) |
このアルバムを聴いてどういうわけか1977年の夏あたりに浴びた風を感じた。なぜ77年なのか分からないしそこに意味はない。たまたまだ。人によっては昨夜のんだハイボールを感じるかもしれないし昔アルバイトしていたコンビ二を思い出すかもしれない。つまりはこのアルバムが音楽の持つ圧倒的に不思議な力を持っているという事だろうと思う。いい気分だね。
古市コータロー |
今に生きる、もの凄いパワーを持つ11曲、産み出すのも録音するのも、どれだけのエネルギーを費やされたのだろうと想像を絶します。 圧倒され続けながら聴き、そして、「生きるのってどうにも楽じゃないし残念ながら世界はまったく平和とは言えない。だけど例えば、幼い自分が泣きながら家に帰ると、大好きな兄ちゃんが二カッと笑って頭をクシャクシャになでてくれるような。」そんな気持ちになりました。
伊東妙子 (T字路s) |
素晴らしい楽曲の数々、中川くんのこんな作品と出会えるなんていい時代になったものだ。彼の歴史の中で、一番、好きな一瞬と鉢合わせしているのかもしれない。このソロアルバムも筆舌しがたい傑作だが、今度はぜひステージで相まみえたい。療養生活から脱却出来た自分は思い切りステージで顔をつきあわせる日が来るのを楽しみにしている。中川くんのこの音楽史に楔を打ち込むようなアルバム、とにかく大勢の人に聴かせて欲しい。
PANTA |
中川さんはロックが似合う方だけれど、それだけじゃないところが好きです。 「石畳の下には砂浜が」というフレーズに象徴されるように、かたい鎧の下にはやわい心があり、それは遠い、広い海につながっている。 やわらかい詩情が、熱い歌のはざまに花のように咲いている。 このアルバムが痛みを超えて、今を歩む人々に届きますように。 寺尾紗穂 |
10代の頃から憧れ続けたロックンロールや、世界中の民話や民謡や、日本語を話しながら得た土着のフィーリングと詩情や、自分もまだ知らないような何かの、その一切合切が中川敬という人間の人生のなかで彼らしく織り直されていて、出来上がったその布に感動しているのもありますけれど、織機としての人間力と豊かさに驚きました。僕も中川さんのようにぶっとく生きて、生き様が音楽になるように頑張りたいなと思いました。またどこかの路上で会えたら嬉しいです。
後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION) |
アコースティック楽器を中心に据えたシンプルかつ芳醇なサウンド・プロダクツの中に、とても深く長い時間経過を抱え込んでいる作品だなと感じた。このアルバムからはなぜか、子供時代の中川さんが見える。その瞳には瑞々しい揺らぎがあるけれど、歳若くとも一筋縄ではいかない顔をしてこっちを睨んでいる。そして現在の、57歳の中川敬がいる。着地しないブルーズと、愛するものたちの魂を懐中に抱え込んだまま、ゆっくりと着実に歩を進め、度し難い障壁を、ボーダーを越えてゆく。この国の抵抗歌史のミッシング・リンクをほとんど独りで埋め合わせてきた稀有な歌い手が、これまで以上に剝き身の姿を見せてくれた、荒野の裸石のようなアルバムだ。
七尾旅人(シンガーソングライター) |
世界中の夜霧の中で棒立ちする孤独の断片たちが大人の嘘を見抜いて行進から抜けた男の喉元に集まった。彼ら彼女らがメロディを欲しているのは旅にでたいからだろう?言わずもがな、この毎日はひどい形状に歪んでいる。また誰かの吐いたため息が膿んだ惑星の輪郭を溶かしたね。 前髪がはためき、風が吹きこんでくる。彼、その開かれた口は車窓。風の中は火薬の匂いがおおよそだが、嗅ぎ分けると希望と呼ばれる種類の光を見つけることができる。わたしはその光を握りしめて旅にでる。パスポートはいらず、国籍も性別も空欄のまま、ただその光を頼りに歩く道すがら、顔を知らぬ隣人の痛みを想像していた。 マヒトゥ・ザ・ピーポー(GEZAN) |
憂いの眼差しと、魂を揺さぶる強筆圧な言葉の羅列で現世を監視する“心優しきアジテーター”中川敬。彼の喉仏とギター1本で魅せる素晴らしき今作。それは辺境の美しい夕暮れを想起させ、やがて夜に向かう。
ピエール瀧 |
支配者の暴力はいつも正義とされ、抵抗するものはいつも犯罪者とされた。 28年前、中川の声を聴いたのは、死と隣り合わせの廃墟の中だった。 焦げた臭いと人々の慟哭の中だった。日本人の2倍の死亡率。 戦後の復興の差別が貧しい朝鮮人の集住地域を作りそこが壊滅的に壊された。 哀しみしか込み上げない夜空の下で中川の声が身体の中にしみこんだ。 彼は、あれからずっと声を奪われたものの声になり続けた。 そして、見事な「犯罪者」になった。生きろ、と。生き抜け、と。 辛淑玉(人材育成コンサルタント) |
気がつけば四半世紀以上、中川敬の作る音楽に勇気づけられ、踊り狂い、眼をひらかされてきた。この新しいソロアルバムは、いままででいちばん、詩人らしさを感じる。ときに吠えるような声、かつてなくやさしい響きのギター、三線のあいだから、ふいに、戦火を生きのびる子どもたちの足音、息遣い、難民たちを乗せた船が揺れるどこかの真夜中の海のにおいが、なまなましく伝わる。この国を覆い尽くそうとする同調圧力を打ち砕きながら、世界のあちこち、私やあなたのすぐそばにもきっといる、見えづらい場所へ追いやられた誰かの孤独への想像力を掻き立てる歌たちが入っている。
木村紅美(小説家) |
歌詞がこころに芽吹いた感情のつぼみに語りかけ、メロディが想いの花を開かせる。 ああ、中川敬さんの歌が好きだ、と思う。 また、明日も生きていこう。この曲たちとともに。 深沢潮 |
夢も自由も未来もこの手のなかにあった。でも立ちすくんで動けない、という時期があった。そのとき中川敬さんが「立ちあがれ」と歌った。「あらがえ」と歌った。ぼくはその唄に立ちあがり、涙で濡れた目で星を見上げ、傷ついた拳をポケットにつっこみ、風のつよい荒れ地を歩いていく。目的地は遠い。足は棒のようだ。何度となくくじけて足を止めた。それでもぼくはそのたびに立ちあがった。ぼくの胸には中川さんの唄があったからだ。道なき道を行く旅に「夜汽車を貫通するメロディヤ」が加わり、ぼくは中川さんのやさしい声を聴きながらいっしょに口ずさみ、まえを向いて歩いている。
森泉岳土(マンガ家) |
時に強く、時に柔く、時に切なく、時にPOP、時に懐かしく…その根底には限りなく優しい心が流れてる。 中川さんの紡ぐ音楽にはいつもあらゆる感情をいろんな方向に揺さぶられます。 10代でニューエストモデルと出会い、何一つ見逃すまいと全力で中川さんの背中を追いかけていた頃とは違い、すっかりすぎるほど大人になり、自分の大切な者を守って生きることだけで精一杯の日々を送る私ですが、時々置いていかれそうになりながらも、結局一生中川さんの後ろをちょろちょろついていくんだろうなと、本作を聴いて改めてしみじみ思いました。 みやうち沙矢(漫画家) |
戦乱、災害、難民、貧困、差別……。しかし、人は人である限り自由と平等、尊厳を求める。芸術はその発露だ。中川敬は、連なる瓦礫のまちに立ち、人と出会い、それぞれが生きる詩を聴き取り、うたとして世界に投げ返す。土と潮の香る声と身体に染み入る演奏が、生死の最前線を起ち上げる。先立った者たちに捧げる一曲目から生きる意志を刻む終曲まで、不正と欺瞞、暴力に満ちたこの世界で彼は、命を抱きしめ、生を祝福し抜く。これは、まつろわぬ魂の轍である。
中村一成(ジャーナリスト) |
縮こまらないように、おもねらないように。そう自分に言い聞かせるとき、いつも中川敬さんを思い浮かべます。じかに心に伝わるメロディで、でも使うことばは「わかりやすく」の呪縛から自由で。わたしもそういう表現ができたらいいなぁと思います。「宵越しの思いは世界に希釈する」ってなんだろう、このわかりそうでわからない、ずっと考えていられるフレーズは。あの世にいる大事な人、この世にいる大事な人、みんな元気ですか。
金井真紀(文筆家・イラストレーター) |
中川さんの6年ぶりのソロアルバム『夜汽車を貫通するメロディヤ』。 楽器の数は極限にまで絞られ、歌の骨格がごつごつと直に当たってくる感触。 まろやかな旋律は、心をふわりと撫でていく。 こんなにも夕間暮れが似合う、潮風のような中川さんのソロ作が登場するなんて、1989年頃には想像できなかった。長生きするもんだな。 僕にとってこのアルバムの美しさは、大事件です。乞う、アナログ盤リリース! 土屋トカチ(映画監督) |
過去に向かって思いが遡るのは、未来を作るためだ。「未来のための過去」。全曲を聴いて浮かんだのは、世界を駆け、人生を賭けて闘い、呪縛から脱出し、亡くなった者たちの見果てぬ夢を、いまを生きる〈わたしたち〉が受けとることの意味である。それぞれの作品は、聴く者一人ひとりの感性を、あるいは軽やかに、あるいは重く開放させる。その一曲、一曲にはどんな「宇宙」が広がっているのだろうか。それを知りたいならば、あえて「労働者」を肩書きとする佐川敏章さんの優れた解説が深めてくれる。
有田芳生(ジャーナリスト) |
風景が立ち上がる。言葉が突き刺さる。そして、激しく揺さぶられた。心もからだも落ち着かない。そうだ、中川敬が刻むリズムは、社会の慟哭と世界の鼓動なのだと、あらためて感じた。痛みを感じながら、怒りを共有しながら、優しさに包まれながら、あるいは、遠い日を思い出しながら、私たちは中川がいざなう旅に出る。悲しみと絶望に染まった世界の果てに、孤独の向こう側に、きっと、私たちを裏切ることのない未来があると信じて。
安田浩一(ノンフィクションライター) |
ごくまれにラジオ等に出演をする機会をもらうと、リクエスト曲をもとめられることがある。私はかならず「満月の夕」を流してほしいと請う。今回のアルバムに収められた曲はすべてその延長線上にあるように聴こえたのはどうしてだろう。その時代における理不尽な人間の生と死の狭間に灯火を見つけようと、その歌い手が目を凝らし続けていると私が感じたからだろうか。 社会はますます人心が撓み、悲鳴を上げ、傷つけ合い、罵り合うようになっている。その中で、華言が散りばめられた空っぽの歌ばかりが飛散する。すなわち、それは私たち人間の心の荒み具合を「感じないですむような社会」が同時に進行している気がするのだ。 大袈裟な物言いかもしれないが、私はこの度の中川敬の歌を聴いて、ひりひりと「感じる」ことの大切さを痛感している。この社会のなかで何も感じなくなったら「終わり」だ。感じろ。考えろ。そして、生きろ。そう、ここに収められた歌たちは静かに語りかけてくると思っている。 藤井誠二(ノンフィクションライター) |
格差や戦争、排除や差別、この社会に蔓延するあまりの不条理に、立ち尽くしそうになることが何度あっただろう。けれどもふと、立ち止まったとき、この歌が心に響いていればきっと、「明日も生きたい」と思えるはず。絶望を突き抜ける音楽が、ここにある。
安田菜津紀(認定NPO法人Dialogue for People 副代表/フォトジャーナリスト) |
— Still go on! —
文:佐川敏章(労働者)
17歳だった1989年にニューエスト・モデルと出会った。以来、私はソウル・フラワー・ユニオン、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットと中川敬の音楽を聴き続け、幸運なことに数年前からは音楽や社会について彼と言葉を交わす間柄となった。
2023年3月上旬、新しいソロ・アルバムに収録される11曲のデモ音源が送られてきた。中川敬自身が録音し、ベーシックなミックスがなされた音源は、彼が決めた曲順で整理されている。私はスマートフォンでプレイリストを作成し、2回続けて再生した。イヤーパッドに汗をかいたヘッドホンを外すと、思わず言葉が洩れた。
「こりゃ……、大傑作だな」
中川敬の5作目のソロ・アルバム『夜汽車を貫通するメロディヤ』(註1)とこれまでのソロ・アルバムとの大きな違いは、ふたつある。
まず、収録された全曲が中川敬の書き下ろしのオリジナル曲であること。カヴァーやセルフ・カヴァーも収録してきた過去作とは大きく異なる。
そしてもうひとつは、5、6名のゲスト・ミュージシャンが参加してきたこれまでのアルバムとは違い、今作のゲストはソウル・フラワー・ユニオンの奥野真哉と、おもに関西で活動するイーリアン・パイプス奏者の金子鉄心の2人のみとなったことだ。金子鉄心は初めての参加である。この2人が5曲に参加し、ほかの6曲はすべて、中川敬自身の複数のギターと三線とヴォーカルのみで録音されている。奥野と金子の音が中川の歌とギターにしっかりと寄り添い、曲全体の高揚感に貢献していることは言うまでもないが、以前のアルバムに比して、中川敬の温かみのあるヴォーカルと切れのあるアコースティック・ギターの響きが、隅々まで満ちたアルバムとなった。
なぜ、こうなったのか。
理由は弾き語りライヴにあると私は考えている。その弾き語りライヴについて、すこし長くなるが振り返っておきたい。
じつは、中川は「中川敬」名義の1作目『街道筋の着地しないブルース』(2011)を出した当初から弾き語りライヴをしてきたわけではない。彼が実際に弾き語りを開始するのは、3作目の『にじむ残響、バザールの夢』(2015)を発表した2015年の1月からだ。
それ以来、ソウル・フラワー・ユニオンのライヴやアルバム制作期間以外のほぼすべての週末に、北は北海道から南は沖縄までのライヴハウスで、中川自身がブッキングしてライヴを行ってきた。その本数はかなりの数になる。過剰ともいえる本数のライヴをこなしてきたのは、「ソロ」という新たな表現スタイルを確固たるものにしたいという思いがあったからだろう。
さて、こうして約5年間にわたって弾き語りライヴを継続してきた彼は、ある困難に直面する。2020年の春に日本国内で広がり始めた新型コロナウイルスだ。毎週末に入れていたライヴのほとんどが流れた。
ライヴを継続できないかと模索していた2020年4月から、中川は日本でもいち早く無観客配信ライヴを開始した。すると、病気などでそもそも外出自体ができない人たちや、会場から遠くに住む人たちなどから、「足を運ばなくてもライヴを体験できる!」と喜びの声が届き、最初は半信半疑だった中川も配信の意義を確信する。ライヴハウス側も機材などの整備を進め、やがて各地のライヴハウスで配信が行われるようになった。夏をすぎる頃には人数を限定しながら観客も入れるようになる。セットリストは毎回大幅に入れ替えられ、ファンのあいだで「レア曲」と呼ばれる音源化されていないカヴァーやセルフ・カヴァーも含め、弾き語りライヴで歌われた曲は、2023年4月現在、230曲を数える。
この『夜汽車を貫通するメロディヤ』に収録された11曲は、弾き語りライヴとともに、年に4度のソウル・フラワー・ユニオンの東名阪ライヴも続けたコロナ禍のなかで書かれたものだ。曲が完成すると、そのたびにライヴで披露されてきた。インストゥルメンタルの〈夜汽車〉を除く10曲を、私もライヴで初めて聴いている。新曲が披露されるたびに、メロディの良さ、アルペジオの美しさ、リズムとメロディを同時に放つギターの表現力が、圧倒的に増大していることに気づかされた。
中川敬の旺盛な創作意欲は、やはり「現場」から生まれている。ニューエスト・モデルの頃から、「現場の音」や「活動現場のリズム」が曲に反映されてきたことを再確認した。コロナ禍においても継続された弾き語りライヴの現場から生まれたのが、この『夜汽車を貫通するメロディヤ』である。
ここからは収録された11曲を順に紹介しよう。
流麗なギター・アンサンブルとともに、奥野真哉によるエレクトリック・ピアノの幽美な響きが潮のように満ちてくる〈いのちの落書きで壁を包囲しよう〉は、「星になった者たち」への「挽歌」でもあり「命の祝い」だ。この数年、父の徹(新聞記者)をはじめ、友人、親族、そして長く敬愛してきた国内外のミュージシャンや作家、映画監督など多くの人を中川は見送ってきた。この曲はそうした故人たちへも捧げられている。メロディにはソウル・フラワー・ユニオンの最新作『ハビタブル・ゾーン』でも通底しているモータウンと70年代ニュー・ソウルの妙味が効いている。
〈イチヌケタの声が聞こえる〉は、日本というムラ社会の閉鎖性と排他性に抗う少年少女たちに歌いかけた「脱出劇」である。歌詞には10代の頃の中川敬自身が投影されている。
〈石畳の下には砂浜がある〉は、哀愁感と艶やかさが同居する金子鉄心のイーリアン・パイプスと中川のギターが溶け合うアイリッシュ・トラッド風の曲だ。歌詞は、一時期、新宿の街でよく出会ったホームレスの男性や、かつてドヤ街で出会った男性に触発されている。2020年11月の深夜、渋谷区幡ヶ谷のバス停で休んでいたホームレスの女性が殺害された事件をはじめ、起きてはならなかった凶事に心を痛めながら、中川は反貧困活動に心を寄せる。
〈栄光は少年を知らない〉は、イントロのギターの緊張感ある律動が聴く者の心拍数を上げる。アルバム中もっとも絵画的な美しさを湛えたこの曲が書かれたのち、ロシアはウクライナへの侵略を開始した。沖縄の鉄血勤皇隊、コンゴやソマリアの少年兵が最初の着想にある。ヴォーカルは、通りのよいスローガンを唱えるわけでも、大音声を張り上げるわけでもない。しかし、一貫して平静な歌声は、彼の反戦の想いをたしかに伝えてくる。
三拍子のどことなく長閑な曲調を持つ〈荒れ狂う波ごしの唄〉は、トラッドの香りも高く、金子のイーリアン・パイプスはここでも効果をあげている。現在も、世界中に、命を繋ぐために離散せざるをえない人々がいる。命の安全を求めて移動するそうした人たちをこの曲は活写している。抑制された歌唱によって浮かび上がる、命を繋ぎたいという希望が、聴き終えたあとにしっかりと残存している。エンディング近くのコーラスは、中川の2人の息子たちによるものだ。次世代の「難民ウェルカム!」という声を記録しておくことは、とても重要なことだ。
タイトル・チューンの〈夜汽車〉は唯一のインストゥルメンタル曲で、ほかの10曲が録音されたのち、最後に書かれた曲だ。とはいえ、かなり前から中川はこの曲の光景を脳裏に描いていた。たとえば、ハルキウから隣国ポーランドへ向かう列車の車窓から見える景色を。あるいは自身の弾き語りライヴへ向かう列車からの光景を。そうしたさまざまな車両を連結させることを念頭にギターを握り、一気にラストまでが整った。
〈不屈のワイルド・チャイルド〉は、折り重なる美しいギターと奥野のエレクトリック・ピアノが呼応している曲。曲調からは中川が10代の頃から入れ込んでいるスモーキー・ロビンソンやホーランド=ドジャー=ホーランド、バート・バカラックが聞こえてくる。剛直なタイトルをサラリと裏切るチャーミングで爽快な曲だ。
〈半世紀の地図〉は、今作中もっともマイナーな音を奏でるギターで始まる。サビで聞こえる金子のホイッスルも哀しみを湛えている。中川は、社会運動の場で、信頼に足る少し年下の友人を、この数年の間に2人喪った。この曲も、亡くなった友人たちに捧げる挽歌であり、遺された子供たちへの「命の祝い」となった。
〈半端な月のブルース〉は、ブルース・ギターのイントロと「10代の荒れ地」とも取れる心象描写が続く歌詞が印象的だ。10代後半の中川が、トラックの荷台で吐き気をこらえていた小学生時代の引っ越しを思い出すという時制の二重構造も興味深い。最終章へ向けて重厚さを増してゆくコーラスが白眉で、多彩なギターのオブリガートは、“ギタリスト中川敬”の技量を大いに堪能できる。
〈風待ちの港〉は、テンポの良い軽やかなギターとどこか懐かしいメロディを併せ持っている。歌詞では今の日本社会が描写され、時に抗いようもなく翻弄される私たちのありようが歌われているが、こうした「運命論」に抗う歌は、ニューエスト・モデルの頃から綿々と続く作風だ。
〈生きる〉は、いまも歌い継がれている名曲〈満月の夕〉の作者である中川が、阪神淡路大震災から25年以上の時間を経た神戸の街を家族と歩いている時に発想した、ある種の続編だ。愛する者を喪くした被災者たちが、記憶とともに歩みながら再建した神戸の街。歩いている中川の脳裏に、当時の光景が鮮明に明滅するなかで生まれた曲だ。この曲をアルバムの掉尾に置いた中川敬の考えに感服せざるをえない。
今作の録音においては、愛用している2本のマーチンと、ヤイリのアコースティック・ギター、またよしの三線が使用された。ギターの弦については、曲ごとに、ライヴで使用した弦をそのまま使って録音したり、新品の弦を録音前に張り替えたりと、きめ細やかな選択・調整もなされた。ソロ制作13年を経て、さまざまなことが同時にひとつめのピークを迎えている。
昨今、アコースティックな音楽を1人で制作する人も増えたようだが、今作は、ソウル・フラワー・ユニオンや中川敬のファンだけではなく、そうしたソロ・ミュージシャンにとっても、ひとつの指標となる名作だろう。中川敬が1人で曲を作り、アレンジを構築し、録音し、ベーシックなミキシング作業を手がけ、これほど豊穣な作品を作り上げたことは、日々DAWに向かい、孤独な作業を続けているミュージシャンにとっても福音なのではないだろうか。
2023年における中川敬の表現には、1985年の暮れにニューエスト・モデルを結成してから38年間の音楽の歴史を内包しながら、現代社会に生きる人々の息遣い、匂い、色彩に溢れている。
死はとても哀しいものだが、いかに状況や環境が悪くとも、自他の生を精一杯充実させようという願いを、私はこのアルバムからとても強く感じる。
そして、ミキシング・エンジニアの原真人とがっぷり四つに組み、これまでよりも煌びやかな音像を全曲において作りあげたこと、美しく、清冽でいて、強靭さと温もりのある一音一音が、耳だけではなく、全身にくまなく浸透してくるこの圧倒的なサウンドに驚き続けている。
中川敬のキャリアのなかで、間違いなく、疑いようもなく、最高傑作だ。
(註1)中川敬の初ソロ・プロジェクト「ソウルシャリスト・エスケイプ」のアルバム『ロスト・ホームランド』(1998)を加えると、6作目の「ソロ・アルバム」になる。
デジタルシングル いのちの落書きで壁を包囲しよう <SingleMix> 中川敬 BMtunes / SF-141 ダウンロード及びサブスクリプションにてリリース! |
「中川敬・ニューアルバム発売記念ツアー2023〜2024」
7月8日(土) 大阪ムジカジャポニカ
7月15日(土) 福岡ベーシック
7月16日(日) 広島ヲルガン座
7月22日(日) 下北沢440
8月5日(土) 名古屋得三
8月12日(土) 加古川セシル
8月18日(金) 下北沢リヴハウス
8月19日(土) 浜松ビスケットタイム
8月25日(金) 高松ラフハウス (with リクオ)
8月26日(土) 福山Boom Boom Bar (with リクオ)
8月27日(日) 岩国ヒマール (with リクオ)
9月1日(金) 京都磔磔
9月29日(金) 郡山PEAK ACTION (with リクオ)
9月30日(土) 仙台ASIAN TRIBE (with リクオ)
10月1日(日) 水戸PAPER MOON (with リクオ)
10月7日(土) 神戸太陽と虎
10月9日(月・祝) 宮津レストランカフェ彩
10月14日(土) 近江八幡サイケデリック・スペース酒游舘
10月15日(日) 京都磔磔
10月22日(日) 横浜サムズアップ
10月27日(金) 熊谷モルタルレコード2F (with リクオ)
10月28日(土) 長野ネオンホール (with リクオ)
10月29日(日) 金沢もっきりや (with リクオ)
11月3日(金・祝) 梅田ムジカジャポニカ
11月9日(木) 那覇Output
11月11日(土) 沖縄市コピ・ルアック
11月19日(日) 下北沢440
11月23日(木・祝) 札幌円山夜想 (with リクオ)
11月24日(金) 札幌円山夜想 (with リクオ)
11月25日(土) 旭川アーリータイムズ (with リクオ)
12月23日(土) 福岡ベーシック
12月24日(日) 広島ヲルガン座
2024年
1月5日(金) 京都磔磔
1月14日(日) 関市高橋商店
1月21日(日) 下北沢440
1月26日(金) 松山スタジオOWL (with リクオ)
1月27日(土) 四万十町四万十会館 (with リクオ)
1月28日(日) 高知喫茶spoon (with リクオ)
●中川敬「夜汽車を貫通するメロディヤ」発売記念パネル展開催! (2023/7/4)
本日、7月4日より、タワーレコード新宿店にて中川敬「夜汽車を貫通するメロディヤ」発売記念パネル展が開催されます! 展示したパネル(サイン入り)はタワーレコード新宿店にて購入いただいたお客様に抽選でプレゼント!
7月17日まで。
https://tower.jp/store/news/2023/06/055061
●インタビュー掲載 (2023/7/17)
中川敬「夜汽車を貫通するメロディヤ」にまつわるインタビューが掲載されています。
ototoy
https://ototoy.jp/feature/2023062804
『Gentle music magazine vol.73』
https://www.fujisan.co.jp/product/1281693431/new/
フムフムニュース
前編:https://fumufumunews.jp/articles/-/24046?page=3
後編:https://fumufumunews.jp/articles/-/24047
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