ソウル・フラワー・ユニオンの前身バンドのひとつメスカリン・ドライヴが、メジャー移籍(1989年)以前にインディーズで発表した全音源を時系列に完全収録した、ジャパニーズ・ガールズ・ガレージ・バンドの金字塔!結成直後に録音されたファースト・カセットテープ、ソノシート、『ウエスト・サイケデリア』『デンジャラス・ルーモア』等伝説のオムニバス・アルバム収録曲、アルケミーの名盤『ディープ・モーニング・グロウ』、パティ・スミス〈ロックンロール・ニガー〉のライヴ・カヴァー、シルヴァーヘッド〈ハロー・ニューヨーク〉のカヴァー等、瑞々しいうつみようこのソウルフルなヴォーカル、伊丹英子の風狂のアンペッグ・ギター・サウンドが横溢する、初期メスカリン・ドライヴの魅力を余すことなく伝える驚異のコンピレーション・アルバム!
ソウル・フラワーの最も奥深い源流、ディープでブルーな夜明け前 ソウル・フラワー・ユニオンの前身の一つ、メスカリン・ドライヴが、1989年のメジャー移籍以前に発表したデモテープ、ソノシート、参加オムニバス(LP、VHS)、そしてアルケミーレコードからの1stアルバム『ディープ・モーニング・グロウ』の全音源をデジタル・リマスタリングし時系列に収録した、いわばインディーズ期の集大成となるアルバムの登場だ。これまで非常に入手困難だった極初期音源も含まれており、結成から30年を経た今、バンドの存立に深くかかわったJOJO広重・中川敬の両氏による監修のもと、思いがけずこうしたアイテムがリリースされることが素直に嬉しい。目玉は何といっても、名刺代わりに放った1986年の1stカセットテープ『ライアー・ライアー』だろう。自分自身、今回のリイシューに当たってようやく聴くことが出来た音源である。結成間もない頃に録られただけあって、演奏やアレンジ面では粗野な部分もあるものの、当初から抜きん出ていたポップ・センスにはただただ驚かされるばかり。内海洋子のダイナミックな歌い回しに乗せた流暢な英語詞と、伊丹英子の図太いギター・ワークを核に据えたスタイルは、この時点で早くも定まっている。根幹を流れるグラム・ロックにガレージ・サイケやニューヨーク・パンクの要素を湛えた音楽性が、この後に続く幾多の名曲と通底していることもわかる。メスカリン・ドライヴが登場したのはインディーズ・ブーム黎明期。ある意味「何でもアリ」のシーンが形成されようとする中、その佇まいが、同時期に活動を開始したバンドの中でも特異なものであったことは確かだ。最も際立った特徴はやはり、バンドの二枚看板であった内海洋子のヴォーカルと伊丹英子のギターに尽きる。特に内海洋子のバイリンガルならではのネイティヴな英語詞はただそれだけで異彩を放っていた。メジャー移籍以降は、並走する盟友ニューエスト・モデル同様、同時代の雑多な要素を咀嚼しながら音楽性を急速に深化させ、それとともに日本語詞の比率を増やしていくわけだが、本作で聴けるインディーズ期は一貫して全曲英語詞にこだわっていた。この一点に限っていえば、コアなファンの熱狂的な支持を集めた半面、歌詞がストレートに伝わらないゆえに聴き手を限定してしまっていたのもインディーズ期の特徴の一つといえるだろう。再び本作に耳を傾けよう。全曲を通じた完成度の高さはどうだ。シルヴァーヘッド、ボブ・ディラン、パティ・スミスのカヴァーも完全に自らのものとして骨肉化している。ライナーノーツでは、中川敬が大阪・ミナミのロック喫茶で『ライアー・ライアー』を初めて聴いた時の衝撃を綴っている。メスカリン・ドライヴとニューエスト・モデルが交差したきっかけ自体は些細なものだったかもしれないが、両バンドのその後の共闘体制と、同時解散・統合による1993年のソウル・フラワー・ユニオン始動に至る道筋を考えるとき、そもそもの端緒となったその邂逅に何か運命めいたものを感じずにはいられないのだ。メジャー移籍以降の活動やソウル・フラワー・ユニオンでの足取りもここで触れておきたかったのだが、紙数が尽きた。2015年現在、内海洋子は、自らの多忙な音楽活動と並行しながらソウル・フラワー・ユニオンのステージにも参加しており、沖縄に拠点を移した伊丹英子は、音楽的にも精神的にもソウル・フラワー・モノノケ・サミットの支柱として充実した活動を展開している。本作『アーリー・メスカリン・ドライヴ 1985-1989』は、途切れることなく連綿と続くソウル・フラワーの最も奥深い源流であるとともに、群雄割拠の関西インディーズ・シーンを徒手空拳で正面突破し、90年代初頭のメジャー・シーンにド派手なサイケ・カラーのペンキをぶち撒けてみせたライオット・ガールズの、極めてディープでブルーな夜明け前である。